講座(2) 葬儀式の内容 ⑦「お経の内容5」

仏の教え

 1、小欲(しょうよく)
 四字熟語として有名な「小欲知足」(しょうよくちそく)も、元来は仏教用語と思われます。この同義内容として、口の字を中心に据えた蹲踞(つくばい)で有名な「吾唯足知」(われ、ただ、たることを、しる)があります。
 少し堅苦しくなりますが、仏教では物事の根底を「空」としておりますので、依正不二(えしょうふに)、人土不二(じんどふに)、主客不二(しゅきゃくふに)等と経文に述べられるように、一方が成立するには別方も存在し、全てが一(いつ)である時には、その一(いつ)たるを知る認識はもちろんのこと、表現すべき文言も成立しないこととなります。
 つまり人を語る時には天地自然が、子供について述べる時には大人が、小を説く場合には必ず大が同時に存在することとなります。故に仏教で説かれる教えは恒に、「言語道断」が本来の道理を、相対性を用いた言説に頼って示すという矛盾面が生じます。その理解を促しながら更に、物理学的見知も含めて、矛盾が生じるところも道理(ことわり)の一部であるを了解せしめながら、「解行不二」(げぎょうふに)に至らしめるのが仏道であるともいえます。
 小欲を直接的に解釈すれば、欲望の心を小さくする程の意味となります。この理解も正解の一つではありますが全てではありません。欲の源は何であるか、何故欲が生じるのか、小さくするとは何と比較すべきか、己にとっての大・小とはどう判断しているのか、これらの深慮を重ねたすえ、敢えて言説を用いれば、而今の自己(にこんのじこ)の能力以上、手に余る物事や可能性を求めようとする心を抑制する、というほどの意となりましょうか。欲望がたくましい者は自然、その欲望に振り回されて、ついには手に余る苦しみが増大するばかりだからです。
京都 龍安寺の蹲踞(つくばい) 、古来の手洗い。