社会の中の【仏教用語】他⑯ 次第(しだい)

社会の中の【仏教用語】他

 社会の中の【仏教用語】の解説も、16回目となりました。日本語には含蓄のある内容深い言葉が沢山ありますが、元来仏教経典内にて説かれていた内容等が基となっているならば、肯首できます。
 普段の生活に慣れすぎたり、当たり前と思っているからこそ、元来の意味までは考えず、現代的な解釈のみを全てであるかのように錯覚している場合も少なくありません。
 極端に言うならば、日本語そのものの半分が直接ではなくとも、仏教的思慮や経典の内容、仏教を介して伝来した文化内での表現であったとも言えるかもしれません。
 さて表記の【次第】(しだい)ですが、順序次第や終わり次第、次第次第に等の言葉があるように、順序順番に関わる言葉であることは明らかです。ですが言語として長く使用されている間には、①終わり次第のように~したらすぐに、②彼次第のように~により決定する、③という次第ですのように~のような経緯事情である等の意味合いも含むようになりました。
 古典文学、特に源氏物語では、やはり順序やなりゆき、経緯として用いられているようです。
 仏教経典としては中国天台教学を大成させた天台智者大師智顗(ちぎ)の著した『釈禅波羅蜜次第法門』において、修行者の現在の立場やその気根によって、示す側の教えの深度を次第次第に深めていく順序順番の、重要度について説かれている文言が顕著といえます。
 具体的には、禅(息・身・心)の整わせ方、その深度状態を5科・5欲・5蓋・5種・5心の二十五方便の準備や、禅の根本として4禅・4無量心・4無色定を、目的別に特殊な禅法として16特勝や通明観、9想・8背捨・8勝処・一切処等の別を示し、いわゆる教育者が子弟の段階を明確に捉え、個々の段階に添った教えを示す重要性そのもののことを【次第】としています。
 仏教では、諸法実相や空、頓教等の一足飛びの内容が好まれる傾向もありますが、はじめは区別を用いて理解を深め、個々の判断基準の材料とするのです。その上で時季に達したならば、それら区別を払い乗り越えた処を目指し、その場所から現在を顧(かえり)みる修行に進むことを目指すのでしょう。
過日「大般若」が祈祷された仏殿(ぶつでん)
先日勤められた「花祭り」の荘厳
過日「接賓」に掲げられた南澤猊下の聯