講座(4)『修証義』の教え㉟

仏の教え

 〇若(も)し菩提心を発(おこ)して後六趣(ろくしゅ)四生(ししょう)に輪転すと雖も其輪転の因縁皆菩提の行願となるなり、然(しか)あれば従来の光陰(こういん)は設い空(むなし)く過すというとも、今生(こんじょう)の未だ過ぎざる際(あい)だに急ぎて発願(ほつがん)すべし、設い仏となるべき功徳熟して円満すべしというとも、尚お廻(めぐ)らして衆生の成仏得道に回向(えこう)するなり、或は無量劫(むりょうこう)行いて衆生を先に度して自らは終に仏に成らず、但し衆生を度し衆生を利益するもあり。

【用語解説】
 六趣(ろくしゅ・りくしゅ)=一般的には六道(ろくどう)と呼ばれ、その行いにより各々が趣く転生世界である地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上世界のこと。
 四生(ししょう)=生物をその誕生方法により胎生・卵生・湿生・化生の四種に分類したもの。
 輪転(りんてん)=輪廻転生。
 光陰(こういん)=時間。
 無量劫(むりょうこう)=無量は数え切れないこと、劫とは仏教で説かれる宇宙論的単位の一つで、一つの宇宙の生成から滅するまでの期間、現在の時間で43億2千万年に相当し、総じて途方もなく永き時間の意。

【本文解説】
 このように仏心を起こして、仏道を極める覚悟をしならば、たとえその後に修行が完成せずして、六道四生等様々な世界や状況にめぐり、身をおこうとも、それら全てが必ずや何時しか仏と成るべき縁(えにし)となるのです。
 今まで仏の教えや、その道を究める尊さを知らず、他人との駆け引きや、はかりごとの世界に生きてきたとしても、仏の教えに感化され、仏教徒として生きる覚悟が出来たならば、すぐにでも発心して、仏道の成就を願うべきでしょう。 つづく