講座(4)『修証義』の教え②

仏の教え

〇『修証義』(しゅしょうぎ)

 【本文解説】
 修とは、実習して自分自身を修めること、即ち修行のことを指し、証とは修行し、また修行している己自身を証明すること、すなわち仏の教えに目覚めた様相、さとりの境界を示しています。
 古来わたしたち仏教徒は、厳しい修行の結果として、おさとりが開かれるもの、と解釈してきましたが、曹洞宗の開祖、永平寺を開かれた道元禅師は、己を磨く修行とその結果と思われているさとりの境界とは、本来別物ではない、と説かれました。
 それゆえ私達仏教徒は、たとえ一瞬なりとも自己を研鑽する決意をし、仏の教えにしたがって実践するならば、その姿そのものが仏の姿である、と説かれました。
 而来、曹洞宗では「修証一如」(しゅしょういちにょ)、あるいは「修証一等」(しゅしょういっとう)などと申して、修行とさとりの妙密なる関係について、様々な場面で説き示してゆくこととなります。
 義とは、己をよりよき方向へ導き、向かわせること、正しい道筋の意を含みますから、『修証義』とは曹洞宗における、修行とさとりの決して別物ではない、密接なる関係について、体系的に説かれた道筋、教えということになります。
              
仏殿「羅漢殿」前大香炉に新設された被せと敷台。