講座(4)『修証義』の教え⑪

仏の教え

〇無常(むじょう)憑(たの)み難(がた)し、知らず露命(ろめい)いかなる道の草にか落ちん、身(み)已(すで)に私に非ず、命は光陰(こういん)に移されて暫(しばら)くも停(とど)め難し、紅顔(こうがん)いずくへか去りにし、尋(たず)ねんとするに蹤跡(しょうせき)なし、熟(つらつら)観ずる所に往事(おうじ)の再び逢(お)うべからざる多し、無常忽(たちま)ちに到るときは国王大臣真じつ従僕妻子珍宝たすくる無し、唯(ただ)独り黄泉(こうせん)に趣くのみなり、己に随(したが)い行くは只(ただ)是れ善悪業等(ぜんなくごうとう)のみなり。

 【本文解説】
 常ならざるを法則とするこの世の中で、己のみは永遠にと、すがってみても詮ないことであり、それどころか自らの命自身が明日、どこぞの道の端に落とすことになるやも知れません。私達お互いの命は草葉についた朝露の如くに、美しくもまた儚(はかな)い存在でもあります。
 たちまちの間に時間は流れ、老いていくばかりであり、若かりし頃の紅顔の時代をいとおしんでみても、戻ってくることはありません。よくよく冷静に思慮してみれば、私達のこの現在一瞬一瞬の存在は、非常に貴重なものであり、再び経験すること適わぬ時間でもあります。  つづく