講座(2) 葬儀式の内容 ⑩「お経の内容8」

仏の教え

 7、智慧(ちえ)
 智慧とは、これらの戒めを守ることにより、自然と身に付く我執や一方にのみ偏らない、智慧の眼、見方のことをいいます。仏教では一般に使用される知恵を「分別智」(ふんべっち)、上記の智慧を「無分別智」(むふんべっち)と称し、分けて解釈しております。
 分別智である知恵は、事象に区別や由来、名称等を付して、上下左右、善悪是非、有無や貧富等、区別対象を設けながら、社会を説明し理解に至らしめる方法としての知恵であり、対して無分別智である智慧とは、善悪是非等の区別を超えて、道理(世のことわり)に即して自らその都度、為すべきを為せる心持ちのことを示しております。
 また前述してきたように、禅定の同義語である止観(しかん)を用いて、先の禅定を止(し)、智慧を観(かん)と配するならば、それぞれが表裏一体、一つ物との見方もできます。
 智慧とはその場に際して、我執我見(がしゅうがけん)にとらわれることなく、道理に適った判断を下して、自らが進むべき道を歩むための眼であるといえましょう。

 8、不戯論(ふけろん)
 戯論とは、くだらない、あるいは意味の無い、時間ばかりを浪費する話を論じ合うことをいいます。仏教徒としての本懐から申せば、仏道すなわち、人としての行いや生き方に関連のない話に、心をむやみ砕くことをいいます。そうは申しても人と人との付き合いは単純ではありませんから、互いの心を明るく、また軽やかにするため時には雑談も大事ではあります。
 ただし普段から他人の噂話ばかりを喧伝したり、酒の席だからと言って礼節を失して、猥雑な話や、妄言、雑言や、他を不快にさせるような悪口を放言することなどは慎まねばならないでしょう。

 さてお釈迦様は、これらを気に留め、出来れば自覚して守ってもらいたいとして、一般的七つの項目と、仏教徒としての八つ項目を最期に説法され亡くなられました。これはお釈迦様だけで無く、御逝去された眼前のご先祖様の思いでもあるはずです。ですから各お寺様は、亡き故人のためだけでなく、故人になりかわって後に続く児孫の方々に、その思いの教えとしてお唱えさせていただくのです。
 以上、ここまでがお通夜の席での、読経内容となります。
大広間「瑞光蔵」の床間     中央に永平寺管首福山諦法猊下ご真筆「獅子吼」(ししく)の掛軸並びに香臺を置き、両脇には獅子を配する。ちなみに「獅子吼」とは、仏の教えの広大無辺無尽たるを、獅子の咆哮にたとえた言葉でもある。
床中央に置かれる永平寺式香臺。
床の両脇に鎮座する獅子。